英国式フラワーアレンジメントのお店 フローリストローズグローブ FLORIST ROSE GROVE

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夏爐というお店について

前回書いた「夏爐」について


「夏炉冬扇(かろとうせん)」とは夏に暖炉、冬に扇子を勧めることから役に立たないことの例えのことわざです。お店をしてられたご夫婦の控えめで恥ずかしがり屋なお人柄が感じられる命名です。





サブネームとして「憩務所(ケイムショ:他に「憩務処」とも)と付けられておりそのお茶目なユーモアにも感心したものです。学生中心のお客の中からは卒業後、在阪のテレビ局に勤める人もおられるようで時折テレビに取り上げられていました。

 

その番組から分かったこと。ご夫婦は当時とてもモダンな存在であった社交ダンスで知り合ったこと。結婚して二人で始めた中華料理屋さんが火事で全焼してしまったこと。そして杉本町に「夏爐」を開いたこと。


ご主人は180cm以上の身長で、昔の人としてはスラッと背が高くダンディな様子で奥さんもチャーミングな人でした。私がまだ会社勤めをしていた頃、仕事で落ち込んだ時、どうしても「夏爐」の「レモンライス」が食べたくなって、仕事が終わってから急いで向かい、でも閉店の時間が過ぎて、閉められたカーテンからこぼれるオレンジ色の光に我慢できずにドアをたたいたら、笑顔で迎え入れてくれて、一緒に3人で晩御飯を食べたことが今でも忘れられない思い出です。あのときのオレンジ色の光がセピア色になってお二人の笑顔を照らしています。


そのご主人も、徐々に店先に姿を見せることが少なくなり、そしてとうとう姿が消えてしまいました。後にはご主人用に高く設計された厨房の奥で、踏み台に乗って一生懸命に「レモンライス」を作る奥さんの姿だけになってしまいました。もちろん他にもたくさんの学生さんのアルバイトの方がおられたのでお店は、それなりにはにぎやかだったんですが、おばさんは寂しそうに見えました。


名物のレモンライスは食べた方でないとその味は分からないと思います。多くの人がそのレシピをおばさんに聞いているのを見かけたのですが、多分あの味はなかなかだせません。私が何度もチャレンジしたのですから自信があります。





でもいつもおばさんは申し訳なさそうに「桑田(ご主人のことをそう呼ばれます)の味と違いますか?」と聞かれます。私は必ず「おんなじですよ」と答えます。でも本当は少し違います。おばさんも分かっていたはずです。


そのお店が閉店になりました。それは昨年の3月です。いつかはこの日が来るのだろうと分かってはいたのですが。その事を半年前に知ったとき、取りあえず、どうしようと考えた結果、仕事の合間にとにかく閉店まで通い続けようということしか思い付かなかった。閉店の噂を知ったかつてのお客たちが店の前に列をなすようになり、寒い雨の中でもみんな一言も文句を言わず、ひたすら待ち続け、各々の思い出の味をもう一度かみ締めるためにじっと耐えている姿がありました。


私がお店を始めるという話をしたとき、おばさんは一言だけアドバイスをくれました。「大切なのはお客様が帰るときです。途中はなかなかお話できなくても、帰るときに必ず言葉をかけなさい。」そのことは今でも大切に思い実行しています。


今年のおばさんからの年賀状には、お店の跡に新しく喫茶店がオープンしたこと。「レモンライス」はそばの学校の食堂で保存(たぶんここでたべられるのでしょうか?)されていることが書いてありました。


でも私はあの場所には行くことはないでしょうし、学食に味を確認するために食べにいくこともないでしょう。オレンジ色の電球の下の大きな楕円形のテーブルにご夫婦二人で座って、私の方を向いて笑顔のおばさんと、もう既に酔ってろれつが回らなくなっても一生懸命話しかけてくれるおじさんと、まだ若く元気な私の3人を、入り口のドアのカーテンの隙間から今の私が見ているようです。その画を心の中で大切にしています。おばさんいつまでも元気でいてください。 

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